研究紹介
学術的背景
研究者に占める女性割合が低い傾向は、社会体制が類似する多くの先進諸国で共通してみられるが、その程度は国によって大きな差がある。英国(37.7%)や米国(33.6%)の女性割合は30%を超えているのに対し、東アジアのそれは低く、韓国は17.3%(以上、OECD Main Science and Technology Indicators)、日本は 15.3% (科学技術研究調査、2016)である。このように、現在の女性研究者割合には大きな差がみられるが、英国や米国も30年以上かけて現在の割合まで増加してきた。
英米における女性研究者増加の背景には、女性研究者の少なさを「問題」とする意識にもとづくジェンダー研究が1980年代から蓄積されてきたことや、女性研究者を増やす科学技術政策がとられてきたことが挙げられる。科学とジェンダー研究は、教育とジェンダー研究やフェミニスト科学などのアプローチによる夥しい数の研究があり、とりわけSTEM分野への女性の参画を阻害する要因については理論化されてもいる。こうした研究成果は各国の女性研究者増加政策に活かされ、同時に、政策が調査研究を促進しながら、女性研究者の実態把握と政策が進んできた。
こうした研究と政策の往還を進める鍵となったのがジェンダー統計で、米国では1980年 に制定された“Science and Engineering Equal Opportunity Act”以降隔年で、また、欧州委員会では2003年から3年ごとに女性研究者の実態を把握する統計をとることを義務付けている。韓国は、欧米に倣う女性研究者増加政策を実施し日本の女性研究者割合を上回った。一方、日本では、ジェンダー研究も科学技術政策も、大幅な後れをとっている。そもそも、研究と政策をつなぐジェンダー統計が不十分であることは、我々の共同研究が明らかにした通りである(小川他、2015)。
以上のような学術および政策の国際的動向をふまえ、本研究を企図した。
研究会小史
本研究メンバーは、共同して、また個人として、日本の女性研究者に関する研究に携わってきた。共同研究は、研究分担者・小川が 2005 年度にトヨタ財団助成金を得たのを機に、アジアの女性研究者ネットワーク形成のための国際会議を開催したことに始まり、その後、科研費等を得ながら、韓国・台湾と実質的な比較研究を展開してきた。その過程で、将来的に欧米との比較研究を行うために、欧州委員会が採用しているShe Figuresの指標を用いて、東アジア(2国と1地域)の女性研究者の実態をとらえることとした。実際にデータのすり合わせを始めると、例えば、家政学や教育学の分類が地域によって異なるなどの齟齬が見つかったほか、日本のデータの不十分さが判明した。それでも学部や学科の齟齬の調整を図ることによって、学生については比較ができるようになり、2014 年(ハイデラバード:インド)には と EU の比較を、2015 年(ソウル:韓国)には精緻化した日本のデータと EU を比較した結果を報告した。このように、ようやく欧米と比較可能な段階にたどり着いたが、日本の女性研究者の分野別・職位別の統計が入手できない問題は,依然として残っている。こうした問題については、改善の申し入れを行った。
今回のプロジェクトでは、入手可能な統計データによる女性研究者割合の実態把握を継続するとともに、質的方法による研究に着手する。女性研究者を増やす政策の策定過程をよく知る人物を対象とするインタビュー調査を中心としながら,文献研究やオーラルヒストリー分析を進める。これらの結果を国際ワークショップの開催や報告書の刊行によって社会に還元することで、女性研究者育成政策や実践の場に寄与することをめざしている。
年度 | 開催した会議および発表した学会・会議 | 場所 | 資金 | 研究成果 |
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2005 | 科学技術社会論学会第4回年次研究大会: ワークショップ「アジアにおける女性と科学/技術」のネットワーク構築について | 名古屋大学 | ||
2006 | International Workshop on "Women and Science/ Technology" Network in Asia | 中部大学 | トヨタ財団(05-07年) 科研費(企画調査) (18631011)* |
ネットワーク形成 200頁超の予稿集と事後の報告書 |
科学技術社会論学会第5回年次研究大会: 「アジアにおける女性と科学/技術」のネットワーク構築について(2) ―現状と課題 | 北海道大学 | |||
2007 | 科学技術社会論学会第6回年次研究大会: ワークショップ:科学/技術とジェンダー | 東京工業大学 | 『科学技術社会論研究』特集として結実 | |
2010 | International Society for Social Studies of Science:Science and Gender | 東京大学 | 情報共有 | |
2012 | International Workshop on “Women and Science/Technology” in East Asia | お茶の水女子大学 | 柿内賢信記念学会賞 | 比較指標の検討 |
10th East Asian STS (EASTS) Network Meeting : Statistics of Women in Science and Technology Education, Data from Taiwan, Japan, and South Korea | ソウル大学 | 科研費 (22510287)* | 比較試行 | |
2013 | 11th East Asian STS (EASTS) Network Meeting: Gender Segregation on Campuses: A Cross-Time Comparison in the Higher Education Sector among Japan, Korea and Taiwan | 東京工業大学 | 科研費 (25360043)* | 比較試行 |
科学技術社会論学会第12回年次研究大会: 東アジアにおける女性研究者に関する研究 ―日本・韓国・台湾の比較に向けて― | 東京工業大学 | 科研費 (25360043)* | ||
2014 | 12th Women's World Conference: "Gender Science and Technology" organisational and political interventions in Asia | ハイデラバード (インド) |
科研費 (25360043)* 村田学術振興財団 |
比較検討(EU・日本・韓国・台湾) |
科学技術社会論学会第13回年次研究大会:東アジアにおける 女性研究者に関する研究 ―日本・韓国・台湾の比較に向けて―その(2) | 大阪大学 | 科研費 (25360043)* | 比較検討、日本の統計問題 | |
2015 | Gender Summit 6: Have the gender equality policies filled the gender gaps in the fields of science and technology in Japan? | プラザホテル(韓国) | 科研費 (25360043)* | 日本・EU比較 |
科学技術社会論学会第14回年次研究大会:科学技術分野における 女性研究者増加政策の10年を振り返って | 東北大学 | 科研費 (25360043)* | 日本の科学技術政策の歴史的概観 | |
2016 | 科学技術社会論学会第15回年次研究大会: 「パイプライン」理論に関するレビュー―女性研究者支援政策の国際比較に向けて | 北海道大学 | 科研費(16H03324) | 政策の基礎となる理論に関するレビュー |
2017 | Gender Summit 10: Examining "the pipeline theory" in promoting the participation of female researchers, based on a systematic review from 1985 to 2015. | 一橋講堂 | 科研費(16H03324) | 政策の基礎となる理論に関するレビュー |
備考 | *科研費 (18631011, 22510287, 25360043) の代表者は小川。科研費(16H03324)の代表者は河野。 |